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コラムVol.59

マネーライターの取材裏話——マネー誌に書かなかったこと&書けなかったこと:配偶者居住権を使ってほしいのは“かわいそうなお父さん”!?

森田 聡子 (もりた としこ)

早稲田大学政治経済学部卒業後、地方紙勤務を経て日経ホーム出版社、日経BPにて『日経おとなのOFF』編集長、『日経マネー』副編集長、『日経ビジネス』副編集長などを歴任。2019年に独立後は書籍や雑誌、ウェブサイトなどで、幅広い年代層のマネー初心者に対し、難しい投資・税金・保険などの話をやさしく、分かりやすく「書く」(=ライティング)、「見せる」(=編集)ことをモットーに活動している。著書に『節税のツボとドツボ』(日経BP)、編集協力に『マンガ 定年後入門』(日本経済新聞出版社)、『教科書には書いてない 相続のイロハ』(日経BP)。

配偶者居住権を使ってほしいのは“かわいそうなお父さん”!?

2018年の民法(相続法)改正で導入が決まった「配偶者居住権」の制度が、いよいよ今年、2020年4月から動き始めます。画期的な新制度とあって、昨年は度々、この配偶者居住権について取材する機会がありました。
配偶者居住権とは、夫が亡くなったとき夫所有の自宅に住んでいた妻が、相続開始後、生涯に渡って無償でそこに住み続けられる権利のこと(期間を区切ることも可能です)。この配偶者居住権を所有権と切り離すことによって、法定相続分で遺産を分配した際の妻の取り分を増やすことができます。
現行制度では妻と子どもが相続人となる場合、妻が自宅を相続すると法定相続分となる相続財産の2分の1を超えてしまい、現金や預貯金を受け取れないことがありました。なかには、法定相続分の遺産分割を行うために住み慣れた自宅の売却を余儀なくされ、老人ホームなどに転居した人もいます。それを考えれば、今後相続を迎える人にとって、この新制度は使い方次第で大きな福音となり得ます。

およそ40年ぶりとなった今回の民法改正には、配偶者居住権の新設だけでなく、結婚20年以上の夫婦間での自宅の贈与(遺贈)が相続の対象から外れるなど、夫を亡くした高齢女性への配慮が見て取れます。これは、相続の世界で懸念される「2025年問題」と無縁ではないように思います。
2025年には1947〜49年に生まれた「団塊の世代」が、相続が視野に入る後期高齢者に移行し、日本は全国民の3人に1人が65歳以上という、かつて人類が経験したことのない“スーパー高齢化社会”へと突入します。
ミレニアムの頃から日本では働く奥さんの数が専業主婦を逆転していますが、団塊の世代の女性は配偶者控除(1961年度税制改正により創設)や国民年金の第3号被保険者制度(1986年度より導入)などの“政策的な誘導”もあり、前後の世代と比べ、際立って専業主婦比率が高いのです。
近年、相続現場では子どもたちの権利意識が高まっていて、「自分たちはいいから、お父さんの遺産はお母さんが全部もらっておきなよ」という親孝行な子は少数派だと聞きます。再婚などで、子どもと血縁関係がない場合はなおさらです。
そこで、こうした団塊女性たちが未亡人になっても住居や生活費に困ることなく安心して余生が送れるよう、国として亡夫の財産をスムーズに受け継ぐサポートをする意図が、今回の改正には多少なりとも含まれているのではないでしょうか。

取材後、税理士さんとそのような雑談を交わしていたときのこと。「だから、“配偶者”といっても、実際には利用者の99%は女性だと思いますよ。もちろん、男性がゼロとは言いません。『サザエさん』のマスオさんのような方もいらっしゃいますしね」。税理士さんが話をまとめに入った際、隣の席から「うちのお父さんだ!」という小さなつぶやき声が聞こえてきたのです。
声の主は、取材に同席した某誌の30代の女性編集者。なぜ彼女のお父さんに配偶者居住権が必要なのか——すぐにも問い質したい衝動にかられましたが、さほど親しいわけでもない相手にあからさまに聞くわけにはいきません。直後に予定があったこともあり、その日は喉に小骨が刺さったような気持ちで、そそくさと税理士さんの事務所を後にしました。
種明かしの機会は意外に早く訪れました。取材から数日後、企画の構成などを相談する打ち合わせで、なんと、彼女の方から「かわいそうな、うちのお父さん」について語り始めたのです。
聞けば、彼女の生家は地方の商家で、お父さんは入り婿。先祖代々の土地に建てた自宅や財産の一部こそお母さん名義になっていますが、当主は米寿を迎えたお祖父さんで、お父さんは未だに“使用人扱い”なのだそうです。それどころか、最近はお父さんを飛び越して、直系である彼女のお兄さんに家督を譲ることが検討されているとか。
彼女には優しいお兄さんも、控えめで穏やかなお父さんを見下すような態度を取ることがしばしばで、幼少時からお父さんが大好きな彼女としては「万が一、お母さんが先に亡くなったりしたら、お父さんは家に居場所がなくなっちゃうんじゃないか」と心配の種が尽きないようです。
そうはいっても、「この記事が掲載された雑誌をお母さんに見せて遺言書を書いてもらいます!」と意気込む彼女の姿を見ていたら、お父さん、こんな素敵なお嬢さんがいて、そして“配偶者”居住権ができて、本当に良かったですねと、しみじみ思った次第です。

配偶者居住権は非常に期待値の高い制度である半面、運用に関しては非常に専門的かつ未知数な面も多く、活用を考えている方は弁護士さんや税理士さん、信託銀行さんなど“相続のプロ”に相談した方がいい——というのが取材を通しての実感です。とはいえ、先の編集者のように制度を自分の家族の問題として捉え、アクションを起こそうとする人が増えるなら、それだけでも導入の意義は大きいと思うのです。

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